雨上がりにとんかつ屋で

仕事帰りにとんかつ屋をふと見たら、客は兄さん二人だけだった。

この店はいつも客が少ない。一度行った事があるという矢澤君に聞いたら、キャベツ千切り山盛りではなくオニオンスライスをとんかつに添えて出してきた、二度と行かないっスよ!と言っていた。とんかつ屋として基本的になってない店なのかも知れない。俺はとんかつ屋に詳しくないのでとんかつにおいてキャベツがどのくらい重要なのかよくわからんのだが。

だけどそんなことはどうでもいい。問題は、ボックス席に向かいあわせで座った二人がなぜか上半身裸だったことだ。

二人とも箸をしっかり持って、熱心に飯を食っているふうだった。それ自体はとんかつ屋の客にありがちな行動だと思う。

しかし上半身裸なのだ。

新宿にdelightがまだあったころ、まだ学生だった俺はjumpin'の日にときどき通っていた。

ここの客はものの見事に上半身裸の野郎ばかりだった。多少は女の子や服を着た男も居たんだけど、そんなもんは圧倒的少数だ。

delightのフロアには丈夫なみかん箱のようなものが転がっていて、なんだと思ったらお立ち台だった。そこに野郎共が群がるように上ってたのだった。

あの場での上半身裸は、手っ取り早い自己紹介みたいなもんだったんだろうと思う。

俺はその自己紹介をしてない訳なんだが、その場合どうなるかというと店員に間違われてあれこれドリンクの注文をされたり○○をリクエストしたいのでブースにいる奴に伝えてくれと無理を言われたりシンカワ君とお近付きになりたいがどうすればいいのなどと切ない相談をされたりするのだった。

とんかつ屋の二人は、今更自己紹介というわけでもないだろうし、そういえばちょうど雨上がりだった、濡れたシャツが肌に貼りつくのが気持ち悪くて脱いだのかも知れない。単に暑くて仕方なかったのかも知れない。しかし本当のことはもうわからない。